かゆい
体がかゆい。
背中がかゆい。
足がかゆい。
手がかゆい。
かゆいと思ってかきだしたら、止まらない。
これを乗り越えるには、アルコールや薬物依存と同じで、かかない時間、日を少しずつ増やすことなのだろうか。
食べ物や住宅、使うものなどに周りの人よりもこだわりが私にはある。
子どもがアレルギーがあれば徹底できるのに。中途半端な自分が嫌だなと思っていた。
しかし、自分がかゆいってのを引っ張って来なくても良いのに。
とりあえず、乾燥予防に加湿器を購入し、アロマオイルもたけるようにディフューザーも買った。
次はレメディも攻めていきたい。
人のためにはできないけれど,自分のためには動けるのが私なのかもしれない。
かゆみとなかよく、私と仲良くしよう。
お正月を家ですごす
久しぶりに書く。
今年の漢字は、「書」
特に自分の気持ちを書いていこうと思う。
この場を活用して自分のことを理解し、私のことをもっと愛していこうと思う。
何年も前から私は自宅で正月を過ごしたかった。
義実家に帰省したくないのだ。
イライラするし疲れるから。
今年のお正月はそれを実現できた。
実行できたのは、私だけが理由ではないけれど。
同居していた実母がなくなり、私の家族と実父の生活になった。
高齢男性が残るのは、大変ややこしい。
生活面で自分ができることは少ないし、実父は破天荒やし、不安が多いのだ。
喪中やけど、お正月に1人で父を自宅で過ごさせるのも可哀想だし。心配だし。
私は11月ごろから発熱や咳、湿疹などの体調不良を繰り返し、年末は体調が悪かった。
年末の家族でのスケジュールをこなした後に、義実家に宿泊するのはさらに負担。ぼんやりしたかった。
ということで、夫に相談。
夫は、
「勝手やわ。行こうや。一緒に。行かないんやったら、直接、義母に言うて」とのこと。
私は勝手かしら。行かないとは言ってない。泊まりたくないと言うたのだ。
義母に電話した。
「実父が正月を1人で過ごすことは気にしていた。だから、こちらのことは気にせず、実父とすごしてほしい。」
と言ってもらえた。
ありがたいです。感謝します。
ということで、私は元旦は、BTSやさとうみつろうさんの動画を観ながら、ダラダラさせていただいた。
私は1人になりたい。って思う時があるんや。
家族でいる時間も必要だが、私が1人でいる。って時間が必要なんやわ。って実感してます。
リセットされる感じ。
さて、今から義実家にいってきます。
大好きな家族のもとにいきましょう。
行きたくない。イライラの理由
年末年始が近づくと、私のモヤモヤが出てくる。
義実家に泊まる問題。
行くことさえも控えたい気持ちもある。だからこそ、宿泊って負担。
義父母は孫が可愛いし、長く一緒にいたいのだろうから、夫と子供で泊まってきてくれたらと思う。私は帰りたい。
なんでこんなに行くまでが嫌なのか。
義実家での様子を想像するだけで疲れる。そして、あったらしんどすぎて思考停止する。帰ってきてまた疲れる。
その疲れる理由は家族の関係性だと思う。
義実家には義父母、義兄、夫の4人で暮らしていた。義母は出産後に退職し、ピアノの先生をしながらの専業主婦。ほとんどの家事を担った。
義父は工務員。60歳少し残して早期退職した。
義母は、義父の母、義母の母と介護し、今は義父を老老介護中。
義母は、なんでも自分でやらないと気が済まなくて、任せることが苦手。私に野菜を切るのを頼むときも何センチ角で、これくらいの量をやって欲しい。と見本を見せてからやらせる。家の中はもので溢れ、料理が出てくるのも遅い。それはものを探すのに時間がかかったり、撮るのも難しいところに置いていたり、台所が二つあったり、いろんな理由があると思う。それなのに、オカンがやりたいからやらせておけばいい。ギリギリまで寝てたり、違う部屋にいるのに。任せない、頼んでこないオカンが悪い。って言うて、椅子に座って待ってるだけの奴らにも腹が立つ。
ここはジェンダーの社会の縮図なのではないか。男尊女卑。家事は母親のもの。できない母が悪い。やらせない母親も悪い。家族に時間も労力も尽くしてる母は忙しい。それが良いと思ってる。信じてる。
ほんまか?と思う。
益々年老いて、体力も思考力も落ちている。すぐに忘れてる。前のすき焼きの時は、2階のベットに豆腐が置き去りになってたらしい。なんで台所が一階なのに、2階まで持って行っちゃうんだろう。
笑って、お母さん、手伝いますよー。夫、手伝ってー。とか言えたら楽なのかしら。言ってるつもりやけど、なんか、イライラが勝ってる気がする。
料理の準備手伝って出来上がっても義母がみんなが集まってるとこに登場するのは、ほとんど終わってから。ご飯も冷めてる。そして、糠漬けが出てくる。そして、義父はお茶ないかー?とか言うから、また義母は、はいはい。と言って食卓から出ていく。
確かに義父は病気になって、足が自由に動かなくなったから、頼むのも分かるけど、これ前からやろ。今に始まったことじゃないやろ。と思ってしまう。
だから、私がご飯の準備で配膳だけとかなっても、食卓に座って「まだか?」と言って、待ってるだけ。なんなら先に並んでるのを1人で先に食べ始める。こんな場面にイライラしてるかろ、義実家に行ったら、益々イライラするんだよね。
あーーーー夫と子供で2泊して、私は1泊で十分。なんなら、朝食後に帰ります。ご馳走なんていらん。1人にしてくれ。
女性性を大事にしてみる
ちょっとした仕事で東京に行ってきた。
頑張ったら日帰りでもできたけど、前日にも打ち合わせがある!って家族に言って、前のり。
お昼に東京に着いた。
打ち合わせという名の食事会は5時から。
家族へのお土産も見に行ったけど、東京駅は人が多すぎて、うんざりしてやめた。
授乳期間が終わってから、何年もブラトップで生活していた。楽だと思ってたから。
でも、最近なんか自分が女性であること、女性らしさから遠ざかってる気がした。もう少し自分の体の女性らしさの部分を大事にしていいんじゃないか。ブラジャーに包まれるのもいいんじゃないかって。どんどん削げてるから!
1人で行動してるとかじゃないと、ブラの試着もできない。今だ!と思って買いに行ってきた。良いと思うデザインを伝え、採寸。試着して、合わせてもらう。フィットしたわ。安心やわ。少し女性らしさを取り戻した気がした。
ショーツも合わせて購入。2セットあったら、毎日つけられる。よし。満足。ちょっと背筋も伸びた気がした。
1人の時間。大事やわ。
80オーバー1人で飛行機に乗る
私の祖父の九州のお墓を墓じまいするために、日帰りの旅行の予定を立てた。
私と父が2人で飛行機にのり、弟も現地で会う予定だった。
しかし、出発の2週間前に私娘息子とインフルエンザにかかり、母にまで感染。母がみるみると食べられなくなり、点滴を毎日する生活になった。咳もひどい。何かが飛んでいるといって、手を挙げてやさしく振り払おうとする。(もうお別れが近そうな人がする仕草やで。これ。って思ってビビった。)朝、声をかけたら立ち上がれない、体が動かないと言って、着替えの途中で座り込んでいる。手伝っても本当に動けないらしく、とても体が重い。引きずってから、持ち上げてなんとかベッドに寝かせたこともあった。
これでは、父と一緒に出かけられない。と思い、私は旅行をキャンセルした。
父は旅慣れている人ではない。ややボケてるんちゃうか?と不安になることもある。到着する空港に弟が先に着いていると言っても、飛行機に乗れるのかどうか不安だった。
空港に父を送ってから、介助が必要な方の案内カウンターを見つけたので、事情を伝えた。すると、私が検査場内に入るチケットを作ってくれた。受け渡し相手となる弟の連絡先を伝え、飛行機を降りた後は弟につないでくれるとのこと。
そのチケットを持って、手荷物検査場に一緒に入り、父を搭乗口まで見送ることができた。
父、飛行機に乗る。
だなぁ。と思いながら、杖ときょうだいへの土産を持った父を見送った。
飛行機を降りてから、スタッフの方の助けを借りて無事に弟とも会えたらしい。
帰りも弟が出発までサポートしてくれた。そして、私が飛行場で待っていると、大量のお土産(饅頭など送りたかったけど、無理だったらしい)をスタッフの方に持っていただき、父が杖と骨壷の入った紙袋を持ってやってきた。
やーもー大変やったわー。もう飛行機はこりごりや。次は船がいい。海が良かった。
と文句言いながらもご機嫌に帰ってきた。
週末父がいない家は静かで大変穏やかだった。
時々、旅に出てもらおうかと思ったくらいです。母の調子も回復してきた。
無理かと思ったけど、助けてください。って言ったら、なんとかなるもんやなぁという体験でした。
航空会社のさまざまなサポート、サービスに感謝します。
そして、親族の皆様もありがとう。
いつのまにか普通になる
手作りのお醤油でごはんをつくること、食べること
大豆、玄麦、麹で麹を作り、塩と水を入れてもろみを仕込むこと
月に一度もろみを天地返しすること
寒くなったら、搾ってお醤油にすること
搾りたては美味しいので指で舐めること
生醤油よりも火入れした醤油の方が欲しいこと
搾りかすでおでんを作ること
少しの友人にお醤油をお裾分けすること
全部、我が家の日常になっている。
ありがたいな。
今年も醤油ができた
